トランプ後の世界-アメリカオンリーは続く-
トランプ後の世界を見通す
トランプ大統領の2期目の就任を控え、メディアでは就任後のアメリカはどうなるのか、国際秩序はどうなるのか、日本はどう対応すべきかという話題が熱く議論されている。これらの点はアメリカウォッチャーに任せるとして、ここでは話をもう少し先に進めトランプ大統領が2029年1月に退任した「後の」世界について考えていきたい。
トランプの先を見通そうとするのは、彼のようなこれまでの世界の政治文化からすれば破天荒に見える人物が登場し再選されたのは表面的な現象でしかなく、その底には構造的な問題がトランプ後も残り続けるためだ。
この後に触れるように、現在の世界の底流での変化は、過去30~40年の間に起きてきたもので、トランプが就任したからといって簡単に変えられるものではなく、退任(2029年1月、もしくは次期大統領が選出される2028年11月)の後も続いていく。
トランプが「アメリカファースト」というのは当たり前。独創的なのは「アメリカオンリー」になっていること
まず、メディアでは、2017年からの第1期トランプ政権のときも今回も、トランプが「アメリカファースト」を掲げていることをことさらに強調しているが、アメリカの大統領がそう思うのは当たり前のことだ。アメリカに限らずすべての国の政府が自国のことを最優先に考え実際に行動するのは普通のことで、むしろトランプが「チャイナ・ファースト」と言えば真の驚きで、世界中が驚愕するだろう。
トランプにこれまでとは違う点があるとすれば、それを堂々と口に出していることだろう。普通、どの国の指導者も自国ファーストと内心思っていても、決して口には出さない。おそらくトランプですらも外国の首脳を賓客として対面で迎えるならば、面と向かって「アメリカが最優先だ」とは言わないだろう。しかし、メディアで不特定多数の国民に向かっては堂々と主張している。見方によっては偽善なところがなく、無邪気で正直な大統領だともいえる(言っていることは支離滅裂で一貫性はないが)。
さらに、「アメリカファースト」というときの意味内容に独創性があるとすれば、それはアメリカ「オンリー」になっていることだ。その裏には、他国のことなどどうでもよい、外国はアメリカの利益に資する範囲内での道具でしかないという考えが潜んでいる。それを問題だと捉えるかはその人の立場によるだろう(「リベラル」であれば下品で無教養なバカだと見下した態度を陰に陽にとるだろう)が、トランプをどう解釈するかはあまり問題ではない。
問題は、アメリカの同盟国を含む外国との付き合い方(外交方針)に大きな変化が生じていることだ。日本としてはその方向性を変えるだけの影響力はないため、アメリカの変化にうまく対応するしかない。
孤立主義と国際主義の狭間を揺れ動くアメリカは、今後孤立主義と貿易保護主義に傾きつつ中国と対峙する
歴史を振り返ると、アメリカでは建国当時からヨーロッパとの距離をどのように取るかが重要な政治イシューであり、1823年に第5代大統領のモンローが議会での年次教書演説を行って以降は、孤立主義が外交政策の基本となってきた。この場合の孤立主義というのは、①アメリカはヨーロッパのことには関与しない、②アメリカは南北アメリカに関することにしか関与しない、③ヨーロッパにはアメリカのことに関与させないとする考え方だ。
しかし、第一次世界大戦後のアメリカは、ウィルソン大統領のイニシアティブで国際協調主義的な方針に舵を切り始め、第二次世界大戦後には正真正銘の世界の覇権国に躍り出た。そして現在にいたるまでリーダーとして世界の中心に君臨しているわけだが、その裏では、伝統的な孤立主義も常に伏在し続けている。
このようにアメリカは対外政策として孤立主義、国際協調主義、さらに極端な形として武力による介入主義の狭間を揺れ動いてき、国内的には常に両方の立場が併存している。そして、現在のアメリカは全体的に孤立主義の方向に舵を切りつつ、主な競争相手に中国を定め、そこと争うことで世界1位の座を死守するという方針をとっていると私は見ている。
その帰結として経済政策面で現れてくるのが保護主義であり、行き過ぎた自由貿易を逆方向に戻す力学が働く。トランプの主張する「アメリカファースト」、実質的な「アメリカオンリー」は、この孤立主義と保護主義の傾向を一言で表した表現なのだ。(このような選択肢は国力と資源の豊かな国にしか準備されておらず、残念ながら日本にはない)。
孤立主義・保護主義が発生する原因
自由貿易の行き過ぎと先進国内での格差の拡大
では、なぜ孤立主義と保護主義(アメリカオンリー)を標榜するトランプが登場したのだろうか。
元世界銀行のエコノミストでニューヨーク州立大学享受のブランコ・ミラノビッチが『大不平等』においてエレファントカーブという象徴的なグラフでもって明らかにしているが、1980年あたりから急速に進んだ経済のグローバル化により、それまでは比較的経済水準の格差が少なかった先進国において、中間層の経済的な境遇が相対的・絶対的に没落し始める。
アメリカでは、それまで北部で隆盛を誇っていた鉄鋼や自動車産業をはじめとする重厚長大産業が衰退し始め、労働者の経済状態が悪化していく。そして経済学者のアンガス・ディートンが明らかにしたように非大卒の労働者階級で「絶望死」や薬物(オピオイド)中毒者が大量発生してくる。
それと同時に、経済的な境遇が大幅に改善したのが、先進国の一握りの富裕層だ。世界の上位1%(そのうち半分はアメリカ人)は、停滞する中間層を尻目に急速に所得を伸ばし、それまでは先進国ではあらゆる社会階層が相対的に平等だったのだが、1980年代ごろから急激に格差の拡大が始まる。10年ほど前に話題になったトマ・ピケティの『21世紀の資本論』でも同様のことが実証されている。
さらにもう一つ、グローバル化の恩恵を受けた集団がある。中国を始めとするアジアの新興国だ。1980年代からこれらの国々では人々の社会経済状況は大きく改善し、中間層が台頭した。それに伴って世界規模での貧困問題は大きな前進を見た。そして中国は今や経済力ではアメリカの7割ほどに達し、米中の軍事力の差も縮まっている。
このような事態はアメリカからすれば中国だけが甘い汁を吸っているように見えるだろう。アメリカを始めとした先進国の中間層による既存の体制への不満はあらゆるところで表明されているが、このような状況では、彼らが不安におびえ、既存の政治・経済体制に対して異を唱えるのも当然だろう。
アメリカ国民の不公正さに対する怒り
さらに、アメリカの中間層の客観的な社会経済状況が悪くなっていることに加え、彼らが民主党に代表される既存のエリートに対して怒りを抱いていることがトランプ誕生の背景をなしている。アメリカの一般民衆レベルでは伝統的にエリートに対する不信感が強く、それに対する反骨心・反発心を表して「反知性主義」と言われたりする。
民主党政権は、1930年代のニューディール政策時代には社会経済的平等を志向するという意味でリベラルな政党であったが、戦後徐々に女性差別、人種差別、同性愛者差別などを主なテーマとするようになっていった。「アイデンティティ・ポリティクス」と言われる現象だ。そして1990年代からの同党は、経済成長至上主義を掲げ、富裕層を代表する政党になり、中間層の経済状況の改善に見向きもしないようになっていった。
国内の一部の富裕層やグローバル企業は合法・非合法の課税逃れを行っていたり、リーマンショックで投資銀行の経営が危うくなると政府による救済が行われその経営責任が問われなかったりと、露骨に富裕層が優遇され、打ち捨てられた中間層はその不公正さに対して怒りを抱くようになっていく。
そこにアウトサイダーのトランプが登場し、彼らに寄り添うような態度をとった。かつては保守的な政党と認知されていた共和党は今や、かつての民主党が行っていたリベラルな政策を実施しようとしている(実態はともかくレトリックの上では)。
まとめると、過去40年ほどの間に進んだ先進国の中間層の停滞・没落と既存の政治エリート層に対する怒りがトランプの登場の背景であり、現行の世界経済体制の修正案としての孤立主義と保護主義が台頭してくる構造的原因だ。
それでは、これから迎える4年間のトランプ政権とその後のアメリカにおいて、このような社会経済状況はどうなっていくのだろうか。
トランプ後の世界
トランプ「3選目」の可能性はゼロではない
そもそも、2029年にトランプ大統領は本当に退任するのかという問題がある。 アメリカ合衆国憲法の修正第22条第1節は、「何人も、2回を超えて大統領の職に選出されてはならない」と規定しており、これを普通に読めばトランプはもう大統領選に立候補することはできない。しかし、トランプのことなので強引に「連続した2回」と読み替えて、「現在の任期は1期目とは連続していないので、もう一度できる」と主張しかねない。
このような3選をめぐる憲法のこじつけ解釈問題はアフリカで頻繁に起きている。さすがにアメリカでこれが起きるとは考えにくいが、可能性としてはゼロではないし、トランプなら言い出しかねない。
トランプの次の大統領は?
順当に行けば共和党の次期大統領候補になるのは、トランプ2期目の副大統領に指名されたJ・D・ヴァンスだろう。ベンチャーキャピタリストで作家の彼は、ラストベルトの中心地オハイオ州選出の上院議員で、貧困・崩壊家庭出身とポストトランプを担うにはあまりにもおあつらえ向きだ。
トランプとその周辺の大物(イーロン・マスクやピーター・ティール)らの意向が働いての選任と思われるが、ヴァンスがこれからの4年間で副大統領としての経験を着実に積めば、2029年1月には44歳5か月という史上最年少のアメリカ大統領が誕生するかもしれない。
アメリカでは第3の政党がないわけではないが勢力が非常に弱く政権につくことは想像しにくいため、共和党の次期大統領候補を破るためには、民主党候補がトランプ支持者の意向を取り込むよう転換するしかない。しかし、昨年(2024年)の選挙戦術を見る限り、民主党の「リベラルな」エリートは、2016年にトランプが選出されたときの失敗からあまり学んでいないようだ。民主党の方向転換はそう簡単なものではないだろう。
トランプ後もアメリカオンリーは続く
冒頭でトランプの登場は表面的な現象でしかないと述べた。トランプ大統領が出現してきた原因が構造的なものであることを考えれば、それが4年の任期で解消されるとは予想できない。世界の経済構造の変化は、ここ30~40年ほどのかけて進んできたものであり、その解決のためにはそれと同じ程度の時間が必要だ。
原因が続く以上、発現形態の多少の違いはあれ同じような現象がまた現れてくるだろう。民主党が現状のままであり続ければ、ヴァンスになるかは別として、引き続き「トランプ的な」共和党の大統領が選出されることになるだろう。そして堂々と口に出すか否かは別として、アメリカオンリーの傾向と対中強行路線は当面続いていくだろう。
日本はどうすべきか?
これからの4年間のトランプ政権下でもトランプ後の世界でも、東アジア情勢は日本にとって厳しいものに変わっていくだろう。孤立主義と保護主義を加速させつつ中国と対峙するというアメリカのスタンスは、日本にとって好ましいものではない。日本の国別対外貿易の収支を見てみると、アメリカと中国は常に第1、第2の「お得意さん」であり、その両者が仲違いするのは避けたい事態だ。
当然、両者の衝突を避けるよう日本から主体的に働きかけていくことは重要だが、しかし、そうはいっても大国政治の論理は日本を抜きにして展開していく。それに対してリアクティブに対処する現実的姿勢も重要だ。
アメリカの孤立主義に対する心の準備をしておく必要性については、こちら(私の安全保障論)で詳しく述べたので関心のある方は参照いただきたい。ここで簡単に触れておけば、アメリカが孤立主義を深めるにつれて、日本は安全保障分野で急にハシゴを外される危険性はある。具体的には日本の駐留米軍が撤退し、日本が単独自主防衛を迫られる可能性はあるため、それに向けて今のうちから準備をしておく必要がある。
日本の企業も過去20年は中国の成長の恩恵を受けてきたわけだが、今後の米中対立と保護主義を志向する世界の中で、対中戦略の変更とそれに伴う世界戦略の再構築をせざるをえない段階に来ているだろう。(中国の構造的脆弱性についてはこちら「【将来予想】中国は社会の活力を失いながらも共産党体制はずっと続いていく」)。