G-5YSV44CS49 日本人の能力が落ちていくのは制度が悪いから  -PIAAC第2回調査の結果(2/3)-|歩く歴史家 BLOG
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日本人の能力が落ちていくのは制度が悪いから  -PIAAC第2回調査の結果(2/3)-

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学ぶインセンティブが働かない日本の雇用制度

20代後半から能力が下がり続ける日本人

前稿では、12月10日に公表された経済協力開発機構(OECD)の国際成人力調査(PIAAC:ピアック)の結果について見た。そこで、日本人は世界でもっとも優秀であり、日本の公教育がうまく機能していることに触れた。

それと同時に、日本人は年齢が上がるにつれて数的思考力の点数が下がっていくデータを紹介したが、今回はなぜそうなのかを推論してみたい。

日経(2024年12月10日)「日本人の知力、24歳で頭打ち」より

結論的には、日本の組織がとるメンバーシップ型の雇用システムが、社員に学び続けるインセンティブを与えていないからということになる。

他には、単純に生物学的要因つまり知能の老化が20歳代半ばから進行していくということも考えられるが、フィンランドとスウェーデンの事例を考えるとそれは事実に合わない。日本の労働者は学卒後学び続けることに対してメリットもデメリットも感じていないから、わざわざ労力を割いてまで学ぼうとしない、それゆえに時間とともに能力が落ちていくと解釈するのが自然だろう。

メンバーシップ型雇用、ジョブ型雇用

よく指摘されるように、日本の戦後の昭和期の高度経済成長を支えた背景に、大企業の「終身雇用」「年功序列」「企業別組合」の「三種の神器」があるとされる。これを前提とした「メンバーシップ型雇用」が日本の雇用制度の特徴である。

メンバーシップ型雇用とは、職務や勤務条件を事前に指定せず採用した人に仕事を与え、キャリアを築いていく雇用スタイルのことで、それに対するジョブ型雇用とは業務内容、給与、勤務条件などが事前に定められたポストに人を貼り付けていくスタイルのことだ。

日本のメンバーシップ制は勤続年数が長くなれば、つまり組織に属している時間が長くなるほど賃金が上昇するような制度になっている。その前提には終身雇用(より正確には約40年間の超長期契約雇用)があり、一人の人間がある一つの組織内で職業人生を完遂するようになっている。

最近はジョブ型を推進するような風潮が強まっているが、どちらが一方的に優れているということはいえない。日本の高度経済成長を支えてきたのはメンバーシップ制であり、そこで一定の成功を収めた(だからにそこにメスを入れにくい。そして「成功は失敗のもと」となる)。他方、1990年代のバブルの崩壊以降はそれが機能しなくなっていることが指摘されている。

若者を搾取することで成り立つ日本のメンバーシップ制

日本のメンバーシップ型の長期雇用は、優秀で体力がある若年層が給料に見合う以上の仕事をすることで、給料に見合わない働きしかしない中年労働者を支える構造になっている。通時的に見ると、かつて若かった中年層が現在若い労働者を酷使しつつ、かつて若かったころの「債権」を中年になって回収するような仕組みになっているのだ。

その制度では、「債権回収」の時期に入った40代、50代が引き続き能力を維持するために必死になって学び続けるインセンティブは働かないし、逆に学ばないことに対する不利益もない。仕事終わりに飲みに行ったり、好きなことをしたりの余暇時間を削ってスキルアップを目指して学ぶのはこの世代にとってきついので、しなくていいならしないほうが合理的だ。

給料は勤続年数に従って決まるため、学ばなくても不利益を被ることはない。アメもムチもないこの状況の中で、40代後半からは何もしないのが楽で安全なため、そこでの合理的な戦略は、現行制度を維持しつつ「逃げ切る」ということになる。 こうして、メンバーシップ型の雇用制度により日本人は20代前半から学ぶのを止めるため、社会の一線で活躍すべき30代から能力が緩やかに低下し始め、それが日本の生産性の慢性的な低さにつながっているのだろう。

ジョブ型の導入で若者の能力は延命される

若年層はこのようなシステムをとる組織に近づきたくないというのが本音だ。体よく利用されるのが目に見えているからだ。その若年層と、なんとか逃げ切りたい中年層の利害が対立しているため、根本的な改革には後者を切り捨てるしかないのだが、企業の場合よほど財務が悪化しないとそこまで断行できないだろう。

50-60代の中年層が教育の行き届いた優秀な若者を使い倒すという昭和型システムは、若者がたくさんいる時代には機能したが、どんどん若者が減っている現在、このシステムをそのまま維持するのは無理だ。

現実的には、若年層の採用ができなくなった組織は廃業せざるをえない。現にかつては数が20代が行っていたような「めんどくさい仕事」を40代や50代がせざるをえない状況はすでに生まれており、近いうちにこのような組織は消滅していくことになるだろう。

若年層を採用できるような体力のある組織は、メンバーシップ型にジョブ型を接ぎ木するような「折衷型」で時間稼ぎをしつつ、最終的にジョブ型に移行していくということになるのだろう。

ジョブ型がバラ色の制度というわけではないが、フィンランドとスウェーデンの結果を見る限り、若者の能力を壮年期(30~40代)まで延命させる効果はあるようだ。ジョブ型は能力開発すればよりよいポストに就けるようになるシステムであるため、労働者に学ぶインセンティブを提供することになる。これに劇的な効果を期待するのは「ねだりすぎ」だが、能力の延命によって日本人の労働生産性がある程度は向上することが期待できるだろう。

日本と同じく、早くから老化し始めるノルウェー

冒頭のグラフに戻ってみると、ノルウェーも日本と同じような傾向を示していることがわかりおもしろい。日本に遅れること10年で数的思考力が右肩下がりに落ちていくのだ。これは隣国のフィンランドやスウェーデンとは違う。

その原因はノルウェーのみ産油国で、アラブの湾岸諸国に似たようなレンティア国家だからではないだろうか。レンティア国家とは、レント(不労収入)に依存する国家のことで、代表的なのはサウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦、カタール、ベネズエラなどだ。もちろんノルウェーはこれらの国とは違い、国家体制がはるかにしっかりした立派な近代民主政国家である。しかし化石燃料セクターがGDPの4分の1ほどを占めており代表的な輸出品であることから、「反レンティア国家」と呼べるだろう。

ノルウェーには北海油田の石油・天然ガスをベースにした年金財源が豊富にあり、未来の年金を底支えしている。このスタイルは日本のメンバーシップ型企業にどこか似ていないだろうか。レントの源泉は、ノルウェーの場合化石燃料で、日本の場合は若者の労働だ。レントを享受するのはノルウェーの場合は一般国民、日本の場合は中年層ということになる。どちらもわりと若い時期に学ばなくなるため、能力の低下が早く始まるのだろう。

プロフィール
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歩く歴史家
1980年代生まれ。海外在住。読書家、旅行家。歴史家を自認。
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