世界一優秀な日本人、コスパ最強の日本の教育 -PIAAC第2回調査の結果(1/3)-
PIAACとは
2024年12月10日、経済協力開発機構(OECD)が国際成人力調査(PIAAC:ピアック)の結果を公表した。OECDとは先進38か国が加盟する国際機関で、先進国間の自由な意見交換・情報交換を通じて、経済成長、貿易の自由化、途上国支援に貢献することを目的とする。いわゆる「先進国クラブ」だ。
そのOECDが中心となって参加国の成人(16-65歳)が持っている「成人力」について調査し、その力と社会的・経済的成果との関係などを分析するのがPIAACだ。第1回調査は2011年に、今回の第2回調査はそれから約10年を経て2022年9月から2023年4月にかけて実施された。第2回調査では、31か国・地域から約16万人が参加し、日本からは住民基本台帳から無作為に抽出された日本在住の5,165人が参加した。
「成人力」とは、各国の成人の社会生活で求められるスキルのことで、それは「読解力」、「数的思考力」、「状況の変化に応じた問題解決能力」の3分野から構成され、それぞれのスキルが測定される。
「読解力」とは「書かれたテキストにアクセスし、理解し、評価し、熟考することとされる。要は文章を読んで正しく理解できる能力」のことだ。「数的思考力」とは「数学的な内容、情報、アイデアにアクセスし、利用し、批判的に推論すること」と定義される。出題される文中の数字を正しく理解し、適切に利用できるかに関する能力だ。
第1回調査ではこの2つの能力が測定されたが、今回の第2回調査から追加された「状況の変化に応じた問題解決能力」は、「解決方法がすぐに利用できない、動的な状況において、自分の目標を達成する能力」と定義される。翻訳調でいまいちわかりづらいが、問題文中で与えられた条件を満たしつつ最適解を見つけ出す能力というとわかりやすいだろうか。いずれも問題文の具体例は、文部科学省・国立教育政策研究所のレポートの中に示されているため、詳しく知りたい方はそちらを参照いただきたい。
日本人の賢さは世界トップクラス
このPIAACで日本は読解力と数的思考力で2位(前回は1位)、問題解決能力で1位と好成績を収めた。結果の概要はこちら(国立教育政策研究所)。スキルごとに0-500点の得点と、得点をスケール化した習熟度レベル(読解力、数的思考力は高い順に5、4、3、2、1、1未満の6段階、問題解決能力は4から1未満の5段階)で評価される。
結果はレベル5~3の数が多く、2以下が少ない。ざっくりと表現すれば、日本は「とても良くできる、よくできる、できる人」がOECD平均よりもずっと多く、「あまりできない、できない、全然できない人」が平均より圧倒的に少なかったといえる。
同じくOECDが3年ごとに実施するPISA(15歳を対象とする国際的な学習到達度調査)の直近調査(2022年実施)では、OECD諸国の中で数学的リテラシーと科学的リテラシーが1位、読解力2位というように、今回のPIAACと同じような結果が示される。国際比較をすれば、日本人は他の先進国の人よりずっと優秀なのだ。これは単発的な結果ではなく、少なくとも過去四半世紀は続く傾向だ。
日本の教育はコスパが世界最強だが…
日本のマスメディアの報道を見ていると日本の教育が全然だめで、あたかも崩壊しているような印象を受けるが、これは私だけだろうか。もし日本の教育が衰退していると堂々と主張しているニュースがあれば明らかにそれはフェイクだ。(経済の相対的衰退であればそれは正しい。)
日本の教育は、今回と前回のPIAACでも過去のPISAでも常に好成績を収めており、費やしたリソースと成果と照らし合わせてみると、世界でもっともコスパがよいことは明らかだ。
よく指摘されるように日本の教育に対する財政支出は少ない。OECDのデータ(Education at a Gance 2024)によれば、公的支出に占める教育費は8%で38か国中36位。下は37位イタリアで7%、38位ギリシャで7%、上位は1位コスタリカ21%、2位イスラエル17%、スイス17%。他は、韓国6位で14%、アメリカ7位で14%。
日本の小・中学生が国公立に通う割合は約9割(私立は1割)で、一部の消耗品や給食費などの手出しを除けば公費で負担されていることになる。つまり、義務教育を受ける生徒のほぼすべては低支出の公費で賄われていることになるわけだ。
なお、高等教育(大学、専門学校)費用のうち家計負担が半分を超えており、それがPIAACでの日本の成果を押し上げているのではないかという指摘もありうる。だが、PIAACで測定される能力は、高等教育を受けなければ上げられない専門知ではなく、中等教育で対応できる内容だ。だからこそ調査が16歳から始まっているのだ。
OECDワースト3位の公的支出割合で、世界トップクラスの成果を出すというのはかなり驚異的だ。とりあえず日本の公教育はかなりうまくいっていると評価できるだろう。
しかし、だ。手放しで喜んでいられない現実がある。教育の内実を見てみると、少ない公的支出の中で現場の先生に多大な負担がかかっている。真面目で責任感が強く優秀な(そして私の印象では独善的な傾向のある)教員を搾取しつつ世界的に高い教育水準を維持しているというのが日本の教育の実態だろう。さしあたってのコスパは世界最強なのだが、だからといって現場にしわ寄せがいくような現行制度はいつまで続くかわからない。
私も高校ではあるが教育実習に行った経験があり、課外活動の資料作成など教員が自ら無駄な事務仕事を増やしている側面があるし、一度始めたことをやめられないという「役人病」的な雰囲気が現場にあることは確かだ。これは「空気」に抗うことで現場レベルでの自主改革が可能だ。
しかし、根本的かつ構造的な問題は、仕事の絶対量に比して教員の数が足りていないことだ。私は教育実習というインターンを体験できたのでこのことがわかり、(「幸いにも」といっては失礼か)この世界に入りこんでしまう事態を避けられたが、同じように感じた教員志望者も多いだろう。日本の長期的な教育パフォーマンスの維持を考えるのであれば、教員数を増やすか仕事量を減らすかの対応が必要だろう。あるいは、教員数を一定期間維持しつつ少子化の進行を待つことで耐える、つまり何もしない(=現状維持)という戦略もありうるが、これも持続可能性はないだろう。
北欧のリスキリングがうまくいっているという説はあやしい
北欧のデータ
日経新聞の報道では、日本、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンの数的思考力に関する年齢別平均点が示されていた。これもおもしろい。
日本は20代前半で数的思考力がピークに達し、それ以降は若いときの貯金を少しずつ食いつぶしているように見える。ノルウェーも10年遅れで日本と同じパターンたどり30代後半から一気に貯金を吐き出す。スウェーデンはさらに遅れること10年で力尽きる。フィンランドにいたっては、40代前半までにためた貯金をもの勢いで貪り食っているかのように急転直下する。
ただし、この4か国は世界のトップ集団に属する精鋭組なので、この比較はあくまでの超ハイレベルな争いであり、その下にはたくさんの「凡庸な国」が横たわっていることには注意が必要だ。また、グラフの目盛りにも注意が必要で、グラフ形状だけを見れば得点があたかもゼロに向かっているように錯覚してしまうが、300点が270点に落ちたとしても10%の下落にすぎない。
日経新聞の記事は、北欧諸国の大学でリスキリングが奏功したようなことを示唆しているが、データを見る限りそれはあやしい。まず、北欧諸国という括りが大雑把で解像度が荒い上に、すでに見たとおり北欧3か国でも別の傾向を示す。
上のグラフを見ていただければわかるが、例えばノルウェーはリスキリングが遅れているとされる日本よりも30歳代後半からの得点の落ち込みが激しい。フィンランドに関しては、45歳以降の落ち込み率が日本を上回っており、成績が急転直下する。44歳まではハイレベルで自己研鑽に励むがそれからは息切れしてしまったかのようだ。スウェーデンは日本に20年遅れてピークに達するが、そもそもの点数が日本より低い。
さらには、PIAACで測られるのは大学で再獲得されるような専門的スキルではなく、あくまでも汎用的な能力なので、リスキリングの効果を測るにはPIAACは最適ではない。
そもそもリスキリングとは
そもそもリスキリングとは何か。厳密な定義はないだろうが、狭く解釈したとしても「再び学ぶことでスキルを再習得する」という点は外せないだろう。「リ」スキリングと言っていということは、過去のスキルが通用しなくなったため、新しいスキルを「再」習得するという意味合いを持つ。
そうだとすれば、リスキリングが必要なのは学卒から20年ほど経過し、時代の変化に旧来のスキルが合致しなくなった40歳代後半以降のいわゆる「働かないおじさん」だろう(これは象徴的な表現なので、女性であっても当てはまる)。
30歳代から40歳前半は、20代で学んだスキル(財産)を活用する段階なので、その年齢で能力が上下しているとすれば、それは学生時に獲得した汎用スキルの活用がうまくいっている/いないからで、「リ」スキリングの成否との関係は薄いだろう。 フィンランドとスウェーデンが44歳まで高得点を維持できているのは、「リ」スキリングの効果というよりも、通常の「スキリング」の効果が出ているのと、その年齢まで学ぶ経済的・社会的インセンティブが働く制度になっているからだろう。仮に北欧の「リ」スキリングがうまくいっているならば、ノルウェー、フィンランド、スウェーデンの45-54歳の得点はもう少し高くなっていなければならないはずだ。
日本の問題=学ぶインセンティブが働かないシステム
このデータから見る限り、フィンランドとスウェーデンでは通常の「スキリング」の効果が40代前半まで継続し、それ以上の年齢層には「リ」スキリングは効いていないと解釈するほうが自然だ。
日本がこの両国から教訓を得ることがあるとすれば、それはPIAACで測られるような汎用能力の効果を10年、20年とより長く引き延ばすべくインセンティブを高めるシステムへの移行が必要だという点だろう。
「北欧信仰」に根ざしたお手軽なリスキリング礼賛論に安易に傾かないほうがいい。リスキリング礼賛論は、本質的な問題から目をそらす逃げでしかない。日本の問題はリスキリングが遅れていることではなく、そもそも学ぶインセンティブが働かない/学んでも見返りがないシステムになっていることだ。
いまいち振るわない韓国、意外によかったアメリカ
今回の第2回PIAACでの韓国の成績は、読解力22位、数的思考力23位、問題解決能力24位で、平均点はいずれもOECD平均を下回っている。教育熱が異常に高いわりには「お寒い結果」だ。
より詳細な分析にはもう少しデータが必要で、これは私の推測にすぎないが、1987年の民主化以前に中等教育を受けた世代、つまり現在の50歳代以上が全体の平均を押し下げているのではないだろうか。PISAの調査では、韓国は日本の水準とほぼ同じなので、近い将来はPIAACの順位も上がってくることだろう。
アメリカの公教育は地域間格差が激しく、質が高くないことで知られる。今回の調査でも上位グループと下位グループの能力差はOECDで一番激しいという結果が出ている。
私は「アメリカはごく一部の抜群に優秀で責任感の強い指導者が能力のさほど高くない国民を率いつつ「民主主義」の体裁を表面的に整えている国」とみなしている。(「民主主義」の実態が伴っていないからこそ、あれほど「民主主義」というスローガンにこだわる)。
そのアメリカが今回のPIAACでは読解力16位、数的思考力25位、問題解決能力19位と意外に善戦している。いずれの平均点もOECD平均以下なのは予想どおりで、優秀な指導者が並以下の国民を率いる国という私の説の例証になっている。それにしても、読解力はほぼOECD平均に達しているため、トランプ次期大統領とリベラル派双方のフェイク言説をもう少し批判的に「読解」できてもよさそうだが、それができないのはなぜなのだろうか。
アメリカはPISAの調査でもあまり振るわないので、下の世代からの底上げも期待できず、今後のPIAACの成績が大きく上がることはないだろう。ほんの少数の精鋭が平均より劣る多数派を指導する。それがこの国の形であり、今後もそうあり続けるだろう。