G-5YSV44CS49 生存者バイアスとは何か|歩く歴史家 BLOG
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生存者バイアスとは何か

歩く歴史家

「〇〇に成功する人の特徴◯選」型コンテンツの落とし穴

近年のYoutubeコンテンツの隆盛とともに、教養系コンテンツにおいて「◯◯に成功する人の特徴10選」、「◯◯したいなら(したくないなら)〇〇だけやれ」タイプのものが多く見られる。Youtubeに限らず、書籍、ネット記事などの媒体でも、個人のスキルアップなどを目的とするコンテンツでは、この手の「成功法則」を説くものが多い。

当然、このようなコンテンツは視聴数が多く回ったりページビューが多く稼げたりたりする(視聴者・読者のウケがいい)ため量産されるわけだが、最初に述べておくと、この種のコンテンツは典型的な「生存者バイアス」survivorship bias、survival biasに基づいて作成されている。

これどおり実行したからといって、あなたがうまくいくことが保証されているわけではない。少なくとも言えることは、「失敗する確率をある程度減らせる」ということまでだ。

屍の上に立つ成功者

生存者バイアスをwikipediaで検索してみると、「何らかの選択過程を通過した人・物・事のみを基準として判断を行い、その結果には該当しない人・物・事が見えなくなること」と定義されている。

この辞書的な定義で全体像をイメージできる人は特に問題ないのだが、言葉で説明されても理解しにくい人がいると思われ、私はもっと視覚的なイメージがほしいと思ったためGoogleで画像検索してみたが、あまりいいものがなかった。そこで、瞬時に視覚的に理解できるようイメージ図を自作したため、ここに掲載しておく。

筆者作成

生存者バイアスのからくり

コンテンツ「◯◯に成功する人の特徴・条件▲▲選」「〇〇したいなら、▲▲をやれ」の▲▲の部分を、条件A、B、C…としておこう。特徴・条件はいくつあっても構わないのだが、この種の(ほぼ)すべてのコンテンツでは、統計上のサンプルが生存者のみに偏っている。イメージ図での青色部分(=生存者)の特徴を抽出しているだけなのだ。

この種のコンテンツを見て「A、B、Cをやれば成功する」というふうに早合点してしまう人は注意したほうがいい。それは論理的な飛躍なのだ。図を見てもらえればはっきりわかるが、条件A、B、C…を満たしているにもかかわらず、生存・成功できなかった人(図中の黄色の部分)は確実にいるはずだ(生存できなかったため、ドクロマークにしている)。だが、その人たちは表には出てこないため、受け手の意識から向け落ちやすい。コンテンツの作り手側にも、意図的に黄色部分の事例を隠蔽し、そのコンテンツを見れば成功すると受け手に錯覚させるように作っている人もいれば、自身もこのバイアスにはまり込んでしまい、気づかずに作ってしまっている人もいるだろう。

この種のコンテンツで言えることは、「条件A、B、Cを満たさなければ、赤色部分に陥らない」ということまでだ。これによって「失敗する確率を一定程度下げられる」ということは主張できる。もちろん黄色部分に陥る可能性もあるし、首尾よく生存者になれる可能性もある。繰り返すが、「条件A、B、C…を満たせば、成功する」とまでは解釈できない。

生存者バイアスの例

世の中のコンテンツでは、生存者バイアスを使った例に満ちあふれている。むしろマーケティングの積極的な武器になっているということすらできるだろう。事例に枚挙に暇がないのだが、例えば、

・大谷翔平はA、B、Cをやって/飲んで/食べて、一流の野球選手になった。

(コメント)大谷選手と同じことをやって、プロの選手にすらなれなかった人はいくらでもいるだろう。

・宝くじ売り場A、B、Cで一等前後賞が出た(から、そこで買えば自分も当たるかもしれない)。

(コメント)どこで買おうと宝くじの期待値は同じだ。(さらに、ほぼ全員負ける)。

・Aさえやれば、Youtuberチャンネルの登録者数が爆増する!

・株式投資で数百億円を稼いだ投資家◯◯は、テンバガー株を発掘するためにA、B、Cの指標に着目している! (コメント)もっとも釣りやすそうな生存者バイアスだ!

生存者バイアスに陥らないために

生存者バイアスは人間の認知の歪みを代表するもので、日頃からよくよく意識しておかなければ、この落とし穴にはまり込んでしまう。それを避けるためにはどうしたらいいだろうか。

凡庸な自分を認める

上記の事例を書いていて思ったが、マーケティング上、生存者Xはキラキラした職業で社会からの注目を一手に集めるような人物であればあるほど効きそうだ。逆に、ここから生存者バイアスに陥らない方法を探る手がかりが得られそうだ。

それは「自分は普通である=キラキラしていない」という謙虚な認識をまず持つことだろう。チャレンジし、無事条件A、B、C…を満たせたとしても、黄色部分に陥ってしまう可能性は常にあると意識しつつ行動するのがいいのではないか。そうすれば、多大な損失は避けられそうだ。やってみた結果、生存者になれそうなら持てる資源を追加的に投入するのがいいだろう。

自称「専門家」を疑う

「巷にあふれるコンテンツの制作者は、自分が儲けることが第一優先事項で、受け手のためになるかどうかは(無視しているわけではないだろうが)二の次である」ということを理解した上で情報に接する必要があるだろう。

イメージ図を念頭に置きながら、自称「専門家」の言説を話半分ぐらいに聞いておくぐらいの距離感が適切だろう。

第3者の意見を聴く

生存者バイアスを含むあらゆる認知的バイアスを修正するには、利害関心のない第3者の意見を聴くことが重要だ。知能の高い人間ほど「確証バイアス」に取り憑かれやすいため、人の意見を聴く場合には「自分は凡庸である」という謙虚な態度が要求されるだろう。

専門的な文献を読む

より高度でハードルの高い方法となるが、対象となるテーマの専門的な本や論文を読むことがもっとも確実だ。専門的な訓練を受けた書き手(本物の専門家・研究者)は、生存者バイアスを堂々と書いていると業界にはいられなくなる。

正規の専門家は、不特定のサンプルからあらゆる要因を統制した上で実験群と対照群に分け、どの要因が結果に結びついたのかを導出する。ネットコンテンツ界隈にこのような実験を行う人はほぼいないだろう。厳密さを求めればコンテンツとしておもしろくなくなるし、その時間もノウハウもないためだ。大規模な組織形態をとるマスメディアでもそんな余裕はない。これを行えるのは大学などの研究機関のみだろう。

この場合の難点は、必ずしもそのテーマが存在するとは限らないことだ。読むのにもかなり時間と労力を要する。

以上が私の提案だが、生存バイアスにまったからといって生活が破綻するようなことをしなければ特に大きな害はないものの、貴重な時間やお金を無駄にしてしまう危険性はあるため、注意するに越したことはない。

プロフィール
歩く歴史家
歩く歴史家
1980年代生まれ。海外在住。読書家、旅行家。歴史家を自認。
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