山崎元の「ほったらかし投資術」を改良する
山崎元という人物
経済評論家の山崎元氏が今年の正月に食道がんで亡くなった。証券業界に属しているにもかかわらず、その「不都合な真実」を明るみに出し、いっさいのポジショントークをしない論客であった。その死がとても悔やまれる。
新NISAの開始をきっかけとして(それに便乗して)同じような言説が手を変え品を変え垂れ流される中で、山崎氏は一人気を吐く言論人であった。晩年は楽天証券に属しているにもかかわらず申し訳程度にしか自社のアピールはせず、歯に衣着せぬ主張を展開する。いかなる権威に媚びない気骨ある人物であった。証券業界にとっては目の上のたんこぶ的な存在だっただろう。
知識と関心の範囲が広い点で凡百のインフルエンサーとは一線を画していた。狭い金融の世界に埋没せず、広くお金とは何か、労働とは何か、幸福とは、人生で何を優先するか、株式がリターンを生み出す仕組みはどのようなものか、資本主義経済とはどのようなメカニズムで回っているのかという問いに対して原理に遡って答えようとしている稀有な存在であった。
同氏が残した知的遺産はYoutubeで無料公開されており、誰でもアクセスできるようになっている。同氏の言論はいまなお有効であり、時間射程の長いものであるため、私としてはすべての個人投資家はまず同氏の考えを聞くべきだろうと考えている。望むらくはあと10年、20年と活躍してほしかったが、改めてその早逝が惜しまれる。
さて、この山崎元氏が投資ブロガーの水瀬ケンイチ氏と共同執筆した『ほったらかし投資術』(朝日新書)の内容について考え、私なりに改良を施していきたい。(なお、ほったらかし投資術の内容についてYoutube動画などで本人によって解説されているためここでは解説しない。)
ほったらかし投資術への評価
すばらしい点
この枠組みは一言でいえば隙がない。特徴を列挙すれば、とてもシンプルでわかりやすい=頭がクリアに整理される。管理しやすい。タイパ、リスパが極めて高い。ほとんどの人は株式運用が本業ではないだろうから、これを使えば余計な労力を資産運用に割かずに本業に専念できる、などだろう。
しかし、現時点の相場環境から見て不満な点がないわけではない。
物足りない点
この考えの唯一とも言える不満な点は、「無リスク資産」に関わるものだ。ここにどうも脆さというか頼りなさを感じる。無リスク資産に分類される(円建ての)普通預金と個人向け国債変動金利型10年満期はインフレに弱い。金融用語ではこれらを無リスク資産と定義する決まりとなってのかもしれないが、特にここ数年の(世界的)インフレを勘案すると、これらは無リスク資産とは言えない(どころか明らかに誤りだ)。正しくは「インフレ脆弱資産」と捉えるべきである(同時に「デフレ下本領発揮資産」でもある)。
2点目はより細かい話になる。リスク資産部分に関して、第2.版までは日本株と外国株を半々ないしは4;6の割合で持つことが推奨されていたようだが、最新版では全世界株式インデックスファンド一択になっている。より「ほったらかし度」を上げるための措置と考えられるが、第2版のほうがよかったのではないか。
私がそう考える理由は、新NISAがスタートしてからわかったことだが、全世界株式ファンド(外国株式ファンド)に買いが殺到すると、円売り圧力が高まり、円安を招く。多くの日本在住日本人にとって自国通貨安を奨励することはあまり健全ではないという一般論がまずある。現実面では、過度なインフレは一般生活者にとり酷であり、生活水準が下がってしまう。
また、日本株の比率を上げることで日本人自身が恩恵が得られる(可能性が少なくとも外国株より高い)。全世界株式に含まれる日本株の割合5.5%をできるだけ上げよう、それが自分のためにもなる、というのが私の考えだ。
「日本は人口減少社会で、将来は暗く…」という悲観的見方で日本株を嫌厭する人が少なくないようだが、株式市場関係者で日本の人口が減るという事実を知らない人は(ほぼ)いない。そのような将来展望はすでに市場参加者は織り込んでいる。それでいて過去10年間で日本株は上昇しているという事実がある。
以上の2点が私の指摘したいポイントだ。なお、公正を期すために述べておかなければならないが、同書の発行は初版が2010年、第2版が2017年、第3版(最新版)が2022年ということで、2024年4月現在と相場環境が変わっているため発生した指摘点と考えるべきだ。初版の発刊年の相場環境(日・米ともに低金利)ではこれがもっとも合理的だったといえる。言い換えると、時間の経過と環境の変化とともに最適解が新たに生まれてきたため、枠組みをアップデートする必要があるということでもある。 それでは、以下で改良方法を考えていこう。
改良ポイント
前提
ここからは上記の物足りない点を考慮した上で、私なりの改良案を見ていくことにするが、その際の前提をまず設定しておく。
・2024年4月17日現在での相場環境
・インフレがこれから毎年2~3%進行するのはほぼ確実と見る。生鮮食品や日用品を含むインフレ率はおそらくそれでは済まないことを覚悟していたほうがよさそうだ。
米ドル建ての生債券を活用する
上で見たように、円建ての無リスク資産はインフレに対して脆弱で、無リスクだと思い込んで保有していれば、真綿で首を絞められるようなものだ。
それに対して、よりよい選択肢がある。米ドル建ての債券だ。現在の米国債の金利は15~20年ぶりの高水準にある。詳しくはこちらのYoutube動画(元証券マンの誰でもできる貯金の話「【今が買い時か】利回り5%超が続出中!米ドル建て債券の魅力/リスク/買い方を解説」)で解説されているため参照いただきたいが、結論的には円建て債券より米ドル建て債券を保有するほうが合理的だ。
外貨建て債券のリスク
その難点は、ドル/円相場で円安が進行しており「為替の発射台」が高い状態にあることだ。しかし、円預金・円建て国債は、インフレによって「腐敗」していくのを座して待つしかないことを考えると、円安下だったとしても米ドル建て債券を買うインセンティブは強く働く。
一般的な債券のリスクとしては、発行体の信用リスク、価格変動リスク、流動性リスクがあり、外貨建て債券特有のリスクとして為替変動リスクがある。加えて、債券はインフレ脆弱資産であるため、インフレリスクがある。
さらに、あまり指摘されず見逃されがちなのは増税リスクだ。生債券は課税口座でしか購入できない(NISA口座は使えない)ず、納税する必要がある。2024年開始の新NISAを創設した以上、政府は引き換えに金融資産課税を行うと考えるのが自然だ。近い将来における増税リスクも織り込んでおくべきだ。
現在の米ドル建て債券の利点
まずは、債券一般の特性として満期まで保有すれば額面金額が償還されることが挙げられる。安定性に関しては抜群だ。だが債券はインフレに弱いため、米ドル建てであろうともその性質から逃れることはできない。しかし、昨年から現在まで続くアメリカの高金利状況下ではインフレの進行に張り合える水準にある。つまり、米ドル建て債券は、安定性を持ちつつも、かなりの程度インフレに対して耐性を持つという特性を現在は兼ね備えているわけだ。
上述のような種々のリスクはあるものの、それを考慮した上でもなお、米ドル建て債券は円預金・国債より優れている。当然、円高が進めば損するが、逆に円安が進めば得する。低金利の円建て債券・現預金は腐敗していく運命にあることを考えると、米ドル建て債券のほうが優位性を持つ。この高金利を極力長期間ロックするのが理にかなっている。
標語的にまとめれば、「①座して死を待つか、②死ぬ可能性もあるものの高い浮上の可能性にかけるか」の選択肢となる。米ドル建て債券のリスクは、とるに値するどころか、積極的にとるべきものだろう。
私的改良版ほったらかし投資術
以上を踏まえ、本家のほったらかし投資術を私流に改良すると次のようになる。
- ステップ1 生活防衛資金を確保する。それ以外を運用資金とする。
- ステップ2 運用資金を①インフレ耐性を持つリスク資産、②安定しているがインフレに脆弱な資産に分け、リスク許容度に応じて配分比率を決める。
- ステップ3 ②として米ドル建ての生債券を、金利水準の高い現在早めに購入し、高金利をロックする。
- ステップ4 全世界株式(除く日本)と日本株のインデックスファンドの2つを半々~7:3の割合で持つ。(当然NISA口座を優先する)。
この私案は本家に比べほったらかし度合いは低くなっているが、時間分散投資をするにしても一括投資するにしても、最初に設定してしまえばあとは入金以外することはないという点で本家と大きく違わないだろう。
山崎氏・水瀬氏の原案がかなり質の高い水準でできあがっているため、私案はそれに対する微修正でしかないが、2024年4月17日現在時点でより適切な解になっているのではないだろうか。