「一票の格差」の問題の本質は「世代間」格差にある―シルバーデモクラシーの解決法―
一票の「地理的」格差の重要性は二の次
日本では一票の格差問題が以前から指摘され、実際に最高裁は違憲状態の判決を下し、政府も区割りの是正措置を行っている。しかし、私はこの問題の切り口に疑問を感じる。一票の格差という場合、なぜ「地理的な」格差ばかりが論じられるのか。
都市部に大量移住した団塊の世代は、移動すれば自分の票の価値が薄まっていくことは予想できた。そにもかかわらず、都市部に移動し実際に価値が薄まったということは、みずから選んだか、一票の価値は他のことに比べ重要でないと判断したと解釈するのが妥当だ。
団塊ジュニア以降の世代も都市部に住み続けているということは、格差を是認・黙認しているということになる。その格差に耐え難いと感じるのであれば、一票の価値の高い地方に移住するはずだからだ。そうすることにより、選挙区割りを調整するといった迂遠な方法をとらずとも、自分の票の価値は上がる。
こちらで概念の区別について書いたが、格差と不平等は違うものである。格差は客観的現象であり、不平等は人間の認識次元のものだ。
そもそも一票の格差が広がっていく事態が放置されてきたのは、その格差が不平等と認識されていなかったためともいえる。私は人間の選択・是認・黙認の結果維持されている格差は、本質的な問題ではないと考えている。問題はもっと別のところにある。
一票の格差は、世代間不平等を問題視すべき
より本質的な問題は、一票の「世代間」格差である。人口構成上、高齢者世代が過剰に代表されており、下の世代ほど一票の価値が少ない。年金・介護・医療といった社会保障問題のみならず、選択的夫婦別姓・LGBT問題など高齢者世代にはほぼ無関係な社会問題に対しても高齢者の意見が反映される状態となっている。いわゆる「シルバーデモクラシー」(高齢者統治)といわれる事態だ。
これは明らかに不公正である。原理的には、社会の人口構成は上の世代が下の世代の数を、出産数を決めることでコントロールしてきたのであり、その意味で上の世代は下の世代に対し責任を負っている。下の世代は上の世代の数をコントロールすることはできないため、不平等を甘受させられる義務はない。
一票の「地理的」格差であれば、それを不平等だと感じる人は地方部に移住することで自分の票の価値を上げるという自己決定ができる。しかし、「世代間」格差では、若年世代は自分が選択したのでないにもかかわらず不利な状態を押し付けられているという意味で、明らかに不平等である。
こうした事実は、マスメディアによって隠蔽されている。それはなぜか。彼らにとって一票の「世代間」格差が存在するという事実は「不都合な真実」だからだ。それを是正することは、自らの最大のお得意様である高齢者に不利になるため、指摘できないのだ。
シルバーデモクラシーの解決法
社会保障問題のように高齢者の既得権に関する制度改革、選択的夫婦別姓や同性婚の推進など「リベラル」な改革は、シルバーデモクラシー(高齢者統治)により阻まれている。その問題点は別の機会に論じたいと思うが、経済学者の八代尚宏氏によれば、次の解決策がある。
1. 投票の義務化
2. 被選挙年齢の引き下げ
3. 平均余命に応じた投票権の調整(若い人に多くの票数を与え、高齢になるにつれ票数を減らしていく)
そもそもの人口構造が高齢者に偏っているため、本質的な是正のためにはこの選択肢からだと3を選ぶしかない。仮にできたとすれば、数世代にわたる制度の過渡期には、一票の価値が激減した高齢者が切り捨てられることとなる。中でも、真っ先にあおりをくらうのは、低収入・低資産の高齢者だ。短期的には生活保護を受けたり路上生活者となる人が発生するだろう。
しかし、若年層が減っていく傾向は2100年までもそれ以降も変わりそうにない。現行制度を続けるかぎり、「ババ」を握らされるのは若年層である。どこかで投票制度を3に変えなければならないのだが、その際には制度転換で不利益変更を受ける高齢者への財政上の手当とセットで行っていく必要があるだろう。そのためには、全世代での増税を甘受せざるをえないだろう。
現実的に、この制度改革を主張する政治家は「高齢者統治」下の日本では票を獲得する上で不利になる(どころか自滅する)ため、大っぴらに叫ぶ人は出てこないだろう。すべての改革がそうであるように惰性で現状が続けば自民党政権に都合がよいため、必要はあるものの当面はこの改革は期待できないだろう、というのが私の予想だ。残念ではあるが。