G-5YSV44CS49 プーチンは「ウクライナに逃げた」―ウクライナ侵攻の原因―|歩く歴史家 BLOG

プーチンは「ウクライナに逃げた」―ウクライナ侵攻の原因―

歩く歴史家

ロシアによるウクライナ侵攻の原因

2022年2月24日にロシアがウクライナ侵攻を開始してからすでに500日が経過した。侵攻直後から、なぜロシアはウクライナに侵攻したのかについてさまざまな原因が専門家により語られてきた。

いずれも一理あるように見えるが、どれも完全には納得できないため、ここでは人口要因に注目しながら侵攻原因について考えてみたい。

井上達夫の自己保身主因論

東京大学名誉教授の井上達夫は『ウクライナ戦争と向き合う』の中で、ウクライナ戦争の原因とされているものを以下のとおり挙げている。

(1)ネオナチ支配からのウクライナ解放説

(2)独立州への集団的自衛権行使説

(3)NATOの東方拡大帰責論

(4)バイデン(アメリカ)の陰謀説

(5)「ユーラシアニズム」というアイデンティティ政治説

ここで解説することはしないが、井上はこれらの説の妥当性を丁寧に検証し、どれも説得力がないと斥ける。そして、最終的にプーチンの自己保身を戦争開始の主因とみなす。

ジョージアのバラ革命(2003年)、ウクライナのオレンジ革命(2004年)とマイダン革命(2013~2014年)という旧ソ連構成国での民主化の推進がロシアに共振現象を起こしており、放置すると自らの支配体制の基盤がいずれ危うくされるのをプーチンは恐れた。

国内的には、プーチンの大統領就任後の1、2期目(2000~2008年)にはロシア経済は年平均7%の成長率を記録したものの、リーマンショック後の2009年からは乱高下しており、経済は不安定化している。

1990年代の経済的混乱を経験した上で、2000年代の「奇跡的な経済発展」の恩恵を受けた世代(おおよそ現在の45歳以上の世代)はプーチンの岩盤支持層であるが、それより下の世代ではプーチンの支持率が低下しており、特に若年層ではこの傾向が著しい。

このように、内外に不安を抱えるプーチンは、放置すると自己の権力基盤がいずれ掘り崩される危険性があると恐れた結果、外敵との戦いという大義によって国民の忠誠と結束を調達するために「挑発されざる戦争」を開始した。

人口構造から補完する

これが井上の主張する自己保身主因論の骨子である。この説にはきわめて説得力があり、私も賛成である。論旨に付け加えることはないが、ロシアの人口構造の点から補足するとその正しさがわかる(ロシアの人口動態について詳しくはこちら)。

現在のロシアの人口構造を見ると、確かにプーチンは下からの突き上げに晒されていることがよくわかる。グラフ中に緑で示された世代からもはやプーチンは必要とされていない。旧ソ連構成国での民主化とその国内への共振、そしてこの人口的突き上げこそが、プーチンを自己保身のための戦争に駆り立てた要因だ。

本来であれば、国内の支持基盤を確立するためには、国内で問題を解決すべきだが、プーチンは対外侵攻という安易な選択肢を採ってしまった。いわばプーチンは「ウクライナに逃げた」のだ。私の目には、この戦争はロートル・プーチンの最後の断末魔に見えてならない。

人口動態上の突き上げはあるものの、出生率を見る限り、ロシア社会は安定している。冷戦末期から90年代にかけて低下した後、2000年代からは安定期に入り、現在までその傾向は続いている。

プーチンは2000年代の安定的経済成長期に大統領を下りていれば本人も社会も幸せだったはずだ。しかし、2012年に大統領に復帰してしまった。彼は結局、長くその座にとどまりすぎ、今となっては下りるに下りられなくなり、下の世代からの圧力を受けてしまう結果となっている。

iPhoneかプーチンか

今回のウクライナ侵攻において、数日でキエフを占領し、ウクライナに傀儡政権を樹立するという当初の計画が達成されていればプーチンにとり最善だったのだろうが、それは早々と砕かれた。しかし、それに失敗してもプーチンの支持率は上がっているようだ。

自己保身という差し当たりの目的は達成できているのだろうが、戦争に負けると自己保身どころか退陣が現実のものとなるため、軍事的勝利を収めたところで終戦に持ち込まなければならない。少なくとも勝った体裁を整える必要がある。こうして現在まで戦争は続き、先進諸国による対ロ経済制裁も続いている。

ノーベル文学賞を受賞したロシア人作家スベトラーナ・アレクシエービッチは、「テレビか冷蔵庫か」に着目し、「テレビがこれまでのようにロシア国民に有効であり続けるのは、冷蔵庫がいっぱいのときだけであり、冷蔵庫が空になれば人々は何らかの反応を起こす」と述べている。テレビはロシア政府によるプロパガンダの、冷蔵庫は日々の経済生活の実態の象徴である。

現在先進国から経済制裁を受ける中でも、モスクワ市民は以前と大きく変わらぬ日常生活を送っているようだ。アメリカ・西欧製品は消えているようであるが、ロシアは生活物資が消え去るほど国際的に孤立しているわけではない。今後もロシア人の冷蔵庫はそれなりに満たされ続けるだろうし、残念ではあるが、短期間のうちにロシア人自身がプーチンの蛮行を抑止する事態は期待できなさそうである。

短期的な観点から、この戦争の終わり方・終わらせ方についての構想はいくつかあるようだが(ロシアが勝った体裁を取り繕いプーチンの面子を保つ方式、朝鮮戦争方式など)、どれが最善なのか私には判断できない。

しかし、中期的な視点(今後10年ほど)に立てば、ロシア国民は「iPhoneか、プーチンか」という状況に晒され、若い世代は迷いなくiPhoneを選択するだろう。インターネット上での自由な言論空間と表現規制のないコンテンツか、権力による言論統制か。下から突き上げてくる世代の選択によりプーチン(もしくはプーチン的な後継者)は退場を余儀なくされるだろう。プーチンはアメリカに負ける運命なのだ。

関連記事

【将来予想】ロシアの「西欧化の過程」が完成するのは2060年

プロフィール
歩く歴史家
歩く歴史家
1980年代生まれ。海外在住。読書家、旅行家。歴史家を自認。
記事URLをコピーしました