ユース・バルジとは何か
定義
人口を扱ったこれまで記事で、私は「ユース・バルジ」という概念を用いてきた。ここでは改めてこの概念の定義し、それにより発生する現象を整理してみる。それにあたり、ポーランド生まれでドイツで教鞭をとった社会・経済学者でジェノサイド問題の専門家グナル・ハインゾーンによる『自爆する若者たち』(新潮選書、2008年)に依拠する。
ユース・バルジ(youth bulge)の「バルジ」とは出っ張りや膨らみを表す英単語で、ユース・バルジを直訳すれば「若年世代の膨らみ」のことだ。年代別の人口グラフにおいてピラミッド型人口構造になるときの若年層の部分が膨らんでいることからこう名付けられた。当然、ピラミッド型社会では若年層の人口比率が極めて高いことから、「過剰な若者」というニュアンスでこの語は使用される。
いわばグラフに表れる視覚的な表現で、特に定義が難しいというわけではない。ではなぜユース・バルジが問題になるかというと、その社会的インパクトが極めて大きいためだ。単にその国の社会にインパクトをもたらすにとどまらず、場合によっては国際的な破壊力を発揮する。では、このユース・バルジはどのようなインパクトをもたらすのだろうか。
まず、ハインゾーンは、ユース・バルジ社会を次のように定義している。
15歳から24歳までの者が全人口の20%以上、または0歳から14歳までの年少人口が30%以上の社会
また「戦闘年齢」なる年代を15歳~29歳と設定し、「軍備人口」を戦闘年齢の人口層と定義している。
ユース・バルジの問題点
ハインゾーンによれば、男性人口100人につき15歳から29歳までの年齢区分の人口が30人以上になったとき、人口ピラミッド上にユース・バルジが現れる。父親1人につき3人ないし4人の息子(第三世界の子供はそこそこ栄養状態もよく教育も受けている)が存在するとなれば子供のときから互いに争う関係に置かれ、大きくなってからは自身の生存のための闘いを始めなければならなくなり、事が深刻になっていく。
3人のうち1人、あるいは4人のうち2人はどうにか職にありつけるが、それ以降の子には野心に見合うだけの社会的地位が用意されていない。彼らは住む場所もあり食うにも困らず、仕事も十分にこなせる能力を持つにもかかわらず、自分の力を発揮できる場が絶対的に不足している。そうして職にあぶれた若者に残された道は次の6つとなる。
- 1 国外への移住
- 2 犯罪
- 3 クーデタ
- 4 内戦・革命
- 5 集団殺戮・追放による少数派のポストの強奪
- 6 越境戦争・植民
訳者の猪俣和夫によるハインゾーンの主張のまとめを引用すればこうなる。
著者(ハインゾーン)の主張は明快だ。暴力を引き起こすのは貧困でもなければ、宗教や民族・種族間の反目でもない。人口爆発によって生じる若者たちの、つまりユース・バルジ世代の「ポスト寄越せ」運動、それに国家が対処しきれなくなったとき、テロとなり、ジェノサイドとなり、内戦となって現れるのだ。それを「吸収」できるだけの体制を整えなくてはならない、それも早急に、というものだ。
(p.7)
注意すべき点は、その国が経済発展し若年層の生活水準が向上したからからといってこれらの問題を抑え込むことができるわけではないということだ。むしろ皮肉なことに、若年層の栄養状態が改善し、教育水準が上がったからこそ、彼らはそれに見合うポストを欲し、それが得られないため問題が発生するという悪循環に陥ってしまう。
また、第三世界(ハインゾーンの表現で、冷戦時代の用語だが、ここではそれに従う)の国々は軍備人口が多いため、次男ないし四男のような故国で必要とされる場をどこにも持たない若者からなる大軍団を戦火に投入でき、彼らの眼には戦争は英雄になるまたとないチャンスと映る。例えば、60年代のベトナム、90年代以降のイラクや2000年代のアフガニスタンが次から次へと戦士を補充できたのに対し、アメリカは貴重な1人息子から成る軍が死者を出す事態になれば国内的な大問題となる。こうして、米国は撤退を余儀なくされた。
ユース・バルジより引き起こされた出来事
ユース・バルジの発生により起きた出来事は枚挙に暇がない。過去にはすべての国で大なり小なり何らかの社会騒擾が発生しているといえるほどだ。その中には、国際的なインパクトをもたらすものもある。挙げればきりがないため、以下では代表的なものを取り上げる。
ヨーロッパの世界中の植民と征服
14世紀後半にヨーロッパを襲ったペストにより1348年に8000万あったヨーロッパ人口は1450年には5000万まで激減する。その後、1490年ごろから女性1人あたり6~7人の出生が見られるようになり、「ヨーロッパ人口爆発」が始まり、1500年から1913年にかけて6000万人から4億8000万人へと拡大した。
ヨーロッパは450年間で上記1~6を同時並行で経験した。国外への移住、植民の例として、ポルトガル、スペインに始まる大航海時代、それにオランダ、イギリス、フランスが続く。 世界中への入植と征服のために送り出した若者の数は、約5000万人。
ロシア革命(1917年)
1897年から1913年の間にロシアの人口は6700万から9000万に増加。
ナチスの台頭
20世紀に入ってから15年間、ドイツの年少人口(0-14歳)の割合は35%。
ラテンアメリカの革命、クーデタ
1950年から2000年がユース・バルジのピーク。地域全体で1億6000万から5億5000万に増加(現在は終了)。代表はキューバ革命。その他、社会主義革命、軍事クーデタ。
ルワンダの虐殺
ユース・バルジにより引き起こされたと同時に、内戦やジェノサイドがユース・バルジを解体縮小に持っていく手段となっているという例。
アラブの春
ハインゾーンの原書の刊行は2003年なので、アラブの春(2010年)はまだ発生していなかったが、イスラム諸国で何か発生することは予想されていた。
以上が具体的な出来事だが、ハインゾーンはユース・バルジの負の側面に焦点を当てすぎているきらいがある。若年層は、新たなアイデア(イノベーション)をもたらしたり、より多く消費することで経済や社会に活気をもたらす源泉でもある。フォーブズ誌の世界長者番付の上位にランクインするような超大富豪は、若い時に着想したアイデアで富を築き、世界に変化をもたらしてきた(年寄りになって大金持ちになった例外は、ウォーレン・バフェットぐらいだろう)。
オールド・バルジ
現代世界において先進国は軒並み高齢化を経験している最中であり、そのトップを日本が走っている。今後は中国、韓国、台湾などの東アジア諸国、そして東南アジア、ラテンアメリカが続くわけだが、これらの国はユース・バルジの逆、つまり「オールド・バルジ」の段階に突入することとなる。
この事例はまだ少ないため、それによってどのようなインパクトがもたらされるのかはわからない。だが、そう言ったところでおもしろくないため、ここでは私なりに将来予想をしておこう。
良い面
まず、オールド・バルジの良い面としてユース・バルジの負の側面が抑えられることだろう。最たるものとしては、巨大戦争(総力戦)が発生しなくなると予想される。若年層が大量に存在した1900年ごろのヨーロッパは2度にわたる世界大戦を引き起こしたが、現在の先進国では若者が稀少になっているため、先進国間の戦争や国内でのジェノサイド、内戦が起きることはないだろう。
現在、ウクライナを侵略しているロシアでさえ、徴兵されているのは少数民族であり、本流のスラブ・ロシア人が強制徴兵され危険な最前線に送られる事態になれば戦争は継続できないだろう(逆にそうなるまで戦争を継続するだろう)。ちょうどベトナム戦争でアメリカの中産階級の息子たちが徴兵され始めたときに反戦運動が盛り上がり、撤退を余儀なくされたのと同じことがロシアでも起きるだろう。
国内の人口膨張に起因する国外植民・外国の侵略もオールド・バルジ社会では起きないだろう。ヨーロッパによる世界征服、日本の中国侵略も背景には国内人口の膨張があるのだが、少子化している社会ではむしろ国内のポストの空き=人手不足が深刻化しているため、外国を征服しようというインセンティブは働かない。
重犯罪も減りそうだ。現に日本は1950年代後半をピークにその後重犯罪件数が減っている。これは若者が減る効用で、今後も増えるのは高齢者による軽犯罪だろうか。
悪い面
ユース・バルジというとネガティブなニュアンスがついて回り、現に問題は多発するのだが、正の側面もある。若者は社会に活気をもたらすのだ。その逆で、オールド・バルジは活気のない停滞した社会になることが考えられそうだ。
人口爆発とユース・バルジの真っ最中のアフリカに在住する私は、日常生活でこのことをつくづく実感する。ときには若者の暴動により炎上する車や焼き討ちにあうスーパーやガソリンスタンドを目撃することもあるが、同時に子供と若者のエネルギーを感じる。
バス停でのバスの停車時間は5秒ほどですむことも多い。バスが止まった瞬間、若者の乗客はジャンプして降り、乗車したい人は飛び乗る。一方、日本のバスの停車時間はなんと長いことか。
もはや予想しうる将来、二度と日本では経験できない貴重な経験をしているわけだが、日本に帰国するとこの活気は感じられない。東京もほどなく人口が減り始め、高齢者が激増していくため、さらに活気は失われていくだろう。