シリーズ「世界の人口」のまとめ③-人口増加国家-
シリーズ内の記事一覧
「未来の歴史を描こう」と思い立ち、立ち上げたシリーズ「世界の人口」では、ここまで世界の主要国の人口動態を3つのグループに分け、それぞれの特徴を検討してきた。一覧にまとめると次のようになる。
1 総人口が減少するグループ
2 総人口が一定になるグループ
b 将来一定する国
3 総人口が増加するグループ
総人口が増加するグループ
前々回、前回はシリーズのまとめとして、「1 総人口が減少するグループ」を取り上げたが、最終回となる今回は「3 総人口が増加するグループ」について見ていきたい。
2100年に20~30%増える国
これから75年かけて総人口が20~30%増える代表的な国は、スイス、スウェーデン、ノルウェー、デンマークだ。これらの国々は、総人口はゆっくりと成長する、生産年齢人口は一定、少子化はしない、高齢化はゆっくり進み比較的低い程度(高齢化率は最大でも32%ほど)に収まるという特徴を示すため、急激な社会変動を経験することなく世代間格差も特に問題にならない程度で済むだろう。いわば、安定的に社会経済運営を行っていける理想的な人口動態だ。
人口小国と人口大国
ひとつ気にかかるのは、このグループに属する国に総人口が約1千万人以下の小国しかないことだ。前回(「2 総人口が一定になるグループ」)取り上げた国でも、総人口が5千万人を超えるのは、アメリカ、イギリス、フランス、南アフリカぐらいしかなく、世界的に見て人口大国といわれるほとんどの国は早晩人口減少フェーズに入ることとなる。
社会の改善方法を考える上で、どれぐらいの規模かという問題はきわめて大きい。ある物事を変えようとすると、大なり小なり既存の秩序から利益を享受している集団は抵抗を示す。人口規模が大きくなればその集団規模も当然大きくなるため、抵抗の力も自ずと強くなる。
スイス、スウェーデン、ノルウェー、デンマークは、規模の小ささを最大限活かしながら、世界の政治経済情勢の変化に合わせて自らを改革してきたため、その結果として安定的な人口動態を獲得することができたのだろう。日本もこれらの国々から見習うべき点はあるだろうが、そっくりそのまま真似すれば首尾よく改革が達成されると盲目的に考えるのは短絡的だ。人口規模に10倍の差があるため、規模の前提がそもそも大きく異なっているからである。母数が10人のグループと100人のグループを変えようとする場合、改革に要する労力は10倍ではきかないことは、組織に属する人であれば想像可能だろう。
高齢化と少子化
前回取り上げたアメリカ合衆国とニュージーランドでも述べたが、これらの国々からも高齢化は緩慢に進行するが少子化は進行しない、ということが看取できる。少子化と高齢化は別の現象であるという例証だ。
さらにいうと、現在若年人口が激増しているサブサハラ・アフリカ諸国ですら将来高齢化は進んでいくことから、高齢化は世界の普遍的な現象であるということができる。他方で、少子化は、多くの国ですでに起きているものの、必ずしもすべての国で起きるわけではない。先進国で少子化しない例は、アメリカ、ニュージーランド、スイス、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、カナダ、オーストラリアで、単なる例外として扱うには数が多い。つまり、少子化は世界の普遍的現象とはいえない。
2100年に1.5倍~2倍になる国
今後75年間で約1.5倍になる代表国は、オーストラリア、カナダ、カザフスタン、アルジェリアなどだ。
そのうち1.5倍になる国は、オーストラリア、カナダ、カザフスタン、アルジェリアで、上述のスイスのグループと同じ特徴を示す。オーストラリアとカナダは、出生数が一定で、総人口も緩やかな増加傾向を示す。スイスなどと同じく、理想的なグループに属するとみなることができるだろう。
カザフスタンとアルジェリアは2000年代から20年ほど出生数が急増しており、その間に生まれた世代が思春期から20歳代を迎える今後10~20年間は社会に不安定さが見られるかもしれない(が、サブサハラ・アフリカ諸国に比べると増え方は相対的に緩やかだ)。総人口が安定的に増え、穏健な形で社会が変化していくとみなせるのは、このあたりまでだろう。これ以降は人口増加が社会を不安定化させる要因となりうる。
2100年に人口が約2倍になるのは、イスラエル、エジプト、パキスタン、ケニア、ガボンだ。このあたりから徐々に不穏さが増していく。これらの国々の特徴は、出生数の増加とそれに伴う「ユースバルジ」だ。
イスラエルに関しては、先進民主政国家で、建国時から一貫して出生数が増加し続けている。現在の狂信的とさえ思えるほどのパレスチナに対する弾圧を目の当たりにして、右派ネタニヤフ政権は、国内で増加し続ける若年層からの退陣圧力にさらされており、戦争による支持の巻き返しを狙ったと私は見ている。つまり、政治生命を維持するという自己保身のためにパレスチナへの弾圧を続けているという側面があるだろう。こちらで書いたロシアのプーチン大統領と似た状況だ。
エジプトはすでに社会革命が起きたがもう一度起きてもおかしくはなく、パキスタンに関しては、人口動態的時限爆弾を背負っているように見える。ガボンでも同じく世直し型のクーデタが発生した。残るはケニアで、今のところ政治社会は安定しているように見えるが、今後どうなるかわからない(少なくとも安定的とはなみなせない)。
2100年に2.5倍~3倍になる国
このカテゴリーに属する国は、イラク、パレスチナ、ナイジェリア、ブルキナファソ、ギニア、エチオピア、コートジボワール、コンゴ(共)、カメルーン、スーダンと一部中東アラブの国、大多数はサブサハラ・アフリカの国となる。
2100年に3.5倍~6倍になる国
最後のカテゴリーに属する国は、セネガル、チャド、マリ、コンゴ(民)、そして極めつけはニジェールだ。
2100年までに2.5倍以上になる国は、程度の差こそあれ共通の特徴を持つ。それは、若年人口が極めて多く、今後も出生数が増え続けることだ。だからこそ総人口が今後も増え続けるわけだが、2.5倍~3倍のグループで2050年代まで、3.5倍グループでは2070年代まで、ニジェールにいたっては2080年代まで出生数が増え続けると国連により予想されている。
若い社会の正負の側面、人口爆発と社会不安、その解決策
何事もそうであるように、若年人口が多いという現象にも正と負の側面がある。正の側面としては社会に活力があり、新しいことが次々と生まれることだろう。アフリカの都市部はどこもインフラや建物の建設ラッシュであり、ごく短期間で劇的に変化している。近代的な基準に照らすと劇的な「発展」だ。
ソフト面でも、「リープフロッグ」(蛙跳び)なる概念があるように先進国が数十年かけて進めてきたことを一足飛びに達成する分野がある。代表的なものにスマートフォンやモバイル決済システムがある。(アフリカでは錆びついたトタン屋根にブロック塀を積んだだけの日本の戦後直後のバラック小屋のような家に住み、調理は薪と炭火で行っているが、衛生放送のテレビ受信機が設置されており、住人はスマートフォンを持っているという光景が見られる。)
既得権者の少なさも正の側面といえるだろう。端的に言うと、「邪魔するおっさんたち」がいない、もしくは数が少ないのだ。アフリカなどで「リープフロッグ」が起きるのはそれを妨害する既得権者がいないことが一因で、スタートアップ企業などが数多く隆盛・跋扈している。タクシーのオンライン配車サービスは日本より進んでいるが、業界の既得権やそれにまつわる競争制限規制が少ないためだ。
負の側面としては、何よりも社会が不安定化しやすいことだろう。こちらのエントリーである程度体系的に書いたが、歴史を見渡してみるとフランス革命、ロシア革命、イラン革命、アラブの春等の社会革命は若年人口が増加している段階で起きたし、革命に限らずクーデタや大規模な社会運動もそのようなときに発生する。(逆側に見てみると、高齢者の多い社会は安定する≒停滞する。)
若年人口が増える国がすべて社会騒擾を経験するわけではなく、それは他の要因と重なって発生するわけだが、若年人口の増加は社会を不安定化させる構造要因であり、必要条件である。今後人口が3倍、4倍、5倍、6倍となっていく国は、まだまだ荒れるだろう。
そして、この構造要因を短期間で解決してくれる「根治療法」は存在しない。ただ時間が過ぎるのを待つしかないのだ。ただし、指を加えて待っていればよいというわけではない。その間に社会経済的な開発を進め、増えゆく若年層を社会に包摂しつつ、政治的統治制度を整備し統治の正統性を絶えず追求していくという積極的な「対症療法」が必要になる。