世界の人口増加国家①-緩やかに増加する国-
これから人口が増加する国
ここまでは、総人口が減少していく国と安定していく国を見てきた。本稿からは、今後人口が増加していく国を4回に分けて見ていく。
まず、人口増加国を4つの類型に分けると次のようになる。
現在から2100年にかけて総人口が、
1 20~30%増加する国
2 1.5~2倍になる国
3 2~3倍になる国
4 3~6倍になる国
一口に「人口が増加する」と言っても、これから約75年かけて30%ほどの増加にとどまる国と6倍になる国では社会的な意味合いがまったく異なる。さらに、人口が減少する国は、今後75年間で最大でも50~60%の減少にとどまるのだが、最大の増加率を示す国は同期間で6倍も増えるのだ。社会に与える影響は、極端な減少国よりも激増国のほうが圧倒的に大きい。破壊的ですらある。
このことを踏まえつつ、今回は「1 20~30%増加する国」について見ていきたい。
微増国
これから2100年にかけて総人口が20~30%増加するというのは、社会を維持し再生産しつつ、経済運営を行っていく上で理想的な状態だろう。
この具体的な国を挙げると次のとおりだ。
この4か国の共通点を挙げると、ヨーロッパの先進国であることは当然ながら、人口が少ない、人口動態の変化がほぼ同じ、高所得国家である、小国であるがゆえに軍事意識が強いなどだろう。
各論
スイス
総人口はわずか900万人弱だが、存在感は大きい。ネスレを代表とする食品メーカー、ロッシュやノヴェルティスといった製薬会社、UBSや昨年話題となったクレディ・スイスなどの金融業、ロレックスをはじめとする精密時計メーカーなど世界的に名を馳せる企業が割拠しつつも、実は競争力の高い中小企業が足元の産業を支える。世界で最も力強い経済を誇る。
一人あたりのGDPは、10万ドル(2023年IMF)を超えており、日本(33,800ドル)の約3倍と高所得国であり、物価が著しく高い。民間幼稚園の保育料は月額35万円ほどするそうだ。年額ではなく月額だ。1990年には一人あたりGDPで日本と大差なかったのに、30年ほどでこれだけの差が生まれてしまったことを考えると、日本がこの30年間いかに停滞していたかがよくわかる。
国際政治的には永世中立国であり、重武装国家でもある。成人男性には良心的兵役拒否権付きの徴兵制が課されている。日本では、永世中立国と聞くと牧歌的な平和国家という印象が持たれがちであるが、本来、永世中立とは国土を蹂躙する国が現れた場合にはすべてを同時に敵に回してでも独立を守るという極めて厳しい覚悟が必要とされる原理で、スイスはその道を選んでいる。
生産年齢人口は現在がピークであり、今後はずっと一定を保つ。少子化は見られないが、高齢化が進んでいくことにより高齢化率は緩やかに上昇していく。人口動態面で日本がここを目指すにはハードルが高すぎるため、スイスから見習うべき点があるとすれば産業面だろう。
国が小さいがゆえにグローバル視点を持たざるを得ないことが中小企業を強くしている側面があるだろう。ローカルな企業からグローバル企業まで世界を最初から視野に入れ、外で稼いできたお金を国内でぐるぐると回すことにより国内賃金と物価を上げていくというスイスのスタイルは、今後の日本が参考にすべき見本例といえるだろう。
スウェーデン
中道左派政権の一党優位体制が長く続き、福祉国家のイメージが強いスウェーデンは、今となってはあまり想像がつかないが、17世紀にはロシアと戦争し、ヨーロッパ大陸の戦争に介入する血気盛んな軍事国家だった。いわずとしれた北欧の地域大国である。
産業・雇用構造は、北欧型新自由主義といわれ、法人税率の引き下げと柔軟な雇用制度(≒解雇のしやすさ)を導入しつつ、失業者に対しては職業訓練の機会を提供することで新しい産業に人を移動させ産業の新陳代謝を図っていくというスタイルをとる。
総人口は約1千万人であり、北欧諸国の中では相対的に規模が大きい。スイスと同じく、生産年齢人口は一定、少子化はしないが高齢化は進行するというパターンだ。人口動態は将来にわたって極めて安定している。
一人あたりのGDPは56,000ドルで、ノルウェー、デンマークと比べると低い水準にある。近年では移民排斥を訴える極右政党が台頭していることを考えると、日本人が漠然とクリーンなイメージを持つのに反して、社会にひずみが出ているのだろう。
なお、あまり語られることがないが、スウェーデンは、ナチス・ドイツが断種法を制定した翌年1934年に同じく断種法を制定し、70年代に至るまで強制不妊手術を実施していた。コロナ期にその片鱗が垣間見えたように、潜在的には優生思想の強い国なのだろう。優生学というのは、福祉国家と手を携えながら発展してきたというのが歴史的事実だ。
ノルウェー
日本ではスーパーマケットのサーモンの原産国表示か、村上春樹の小説(ビートルズの曲)くらいでしかお目にかからない国で、北欧の中では地味な国だ。
人口動態は、スイス、スウェーデンと同じく安定性があるが、一人あたりGDPは約10万ドルと北欧の中でも世界の中でも最も高い。あまりその印象はないが、実は産油国であり、化石燃料の生産が国の主要産業をなしている。一人あたりGDPではスイスと同規模であるものの、産業構造はまったく異なる。
同じく天然資源の生産と輸出に大きく依存する中東湾岸諸国や一部のアフリカ諸国では、資源を巡る血みどろの争いが発生し、国際紛争が引き起こされる事例が見られるが、ノルウェーにはそのような問題はない。開発経済学でいわれる「資源の呪い」の反証事例となる国である。
ノルウェーはODA額を対GNI比で1%に維持することを目標に掲げ、積極的に開発援助を行っている。小規模な国が国際政治での存在感を示すための手段としてODAを活用しているわけだ。このようなわけで、ノルウェーはいわば「クリーンなレンティア国家」といえるだろう。せっせと働いて世界中から稼いでいるスイス人から見ると、ノルウェーはサウジアラビアのような国に見えていることだろう。
デンマーク
人口動態的には明らかに北欧型でスウェーデン、ノルウェーと同じ傾向を示す。産業構造はノルウェーのように天然資源依存型ではないが、スイスのように華やかなグローバル企業があるわけではない(レゴやロイヤル・コペンハーゲンではちょっと力不足感は否めない)。
デンマークはスウェーデンのライバルであり、人口規模は4割ほど小さいが、一人あたりGDPでは68,000ドルとスウェーデンを凌ぐ。国土が半島や島々から成っており面積は狭い。地理的に大国に挟まれ、19世紀、20世紀にはドイツに占領されてきた歴史がある。地政学的には緩衝国家といえそうな立ち位置だが、直接のロシアの脅威はないため、早々とNATOに加盟した。今後は国際政治的に微妙なバランスをとりながら、安定した人口動態を武器にうまく生き残っていくだろう。