韓国の戒厳令、日本の戒厳令
45年ぶりの戒厳令
2024年12月3日の夜、韓国の尹錫悦大統領が戒厳令を宣言した。6時間後には国会議員の過半数の賛成により戒厳令は解除されたが、韓国で戒厳令がしかれるのは1979年以来45年ぶりのことという。
戒厳令という言葉は、発展途上国の政治ウォッチャーでもない限りあまり耳にすることはなく、私も南米やアフリカなどの政情不安定国家で公布されるものだと思っていたが、まさか韓国のような民主政国家で宣言されるとは驚きだった。ニュースのヘッドラインを見た瞬間、思わず北朝鮮の攻撃を受けたのかと衝撃を受けた。と同時に、1980年の光州事件の再来か、軍政国家への回帰かと心配していたが、映像を見る限り軍隊に市民を弾圧する意思はないようで、動き出しもたいへん鈍いように感じた。
周到に用意された非常戒厳なら軍隊が国会やメディアをまっさきに抑えにかかり、通信システムを遮断するなどの措置を講じるはずだが、国会職員は軍隊の侵入を阻止すべくバリケードを築き、国会議員190名は議場に入ることができた。5日には戒厳司令官の陸軍参謀総長が「大統領の談話で戒厳令について知った」と証言しているが、これが本当であれば滑稽だ。司令官、一般国民と同じじゃないか!
今回の件を好意的に解釈すれば、大統領とその周辺が単独で非常戒厳を決定したとしても、それが政局的理由によるもので軍が正当性なしと判断すれば「なんちゃって出動」に終わることを示した点で、韓国はこの半世紀で民主的に成熟したとも考えられる。
だが、そもそも戦争状態でもないのに戒厳令を発するということ自体が韓国の国際的な信用を失墜させてしまう。「なんだ、民主政国家の体裁はとっているが、国内の党派対立でそこまでやる国なのか」、「実は北朝鮮と変わらないのでは?」、「韓国はアフリカか」という疑念を国際社会で引き起こしたとしてもおかしくないだろう。さらに、戒厳下での軍の行動様式をその「良心」に委ねるというのは、シビリアンコントロールの点から非常に危うい。今回の一件は、韓国の国際的信用力にとって痛手だろう。
戦前の戒厳令
翻って日本はどうか。いわゆる戒厳令が最後に日本でしかれたのは、88年前の1936年(昭和11年)、二・二六事件のときだ。二・二六事件とは、陸軍青年将校らが中心となり約1,500名の兵を率いて政府要人を襲撃し、永田町や霞が関一帯を選挙したクーデタ未遂事件だ。これで高橋是清大蔵大臣や齋藤実内大臣が殺害され、鈴木貫太郎(後の内閣総理大臣)が負傷した。
その前は1923年(大正12年)の関東大震災発生後、さらにその前は1905年(明治38年)日比谷焼き討ち事件後だ(いずれも東京)。現行法下では戒厳令に相当する法令は存在しないが、そう遠くない過去には国内の治安が理由で戒厳が宣言されたことがあるということは知っておいてもよい。自分たちにも例があるため、少なくとも日本は韓国を嘲笑することはできないだろう。