シリアも長期的には自由へ向かっていく
旧体制が滅んだあと
シリアの反政府勢力が首都ダマスカスを制圧し、父ハーフェズ・アル・アサド前大統領、その次男バッシャール・アル・アサド大統領の父子2代で50年を超える「アサド王朝」が崩壊した。
2011年に内戦が勃発してから13年が経過し、一度はアサド政権が盛り返したかに見えたが、今年の11月末からの反政府勢力が攻勢を開始し、アサド大統領はロシアに亡命した。拍子抜けするほどあっけない展開だった。
しかし、シリアはここからが本番だ。歴史上の革命を見る限り、旧体制を倒すことより新体制を築くほうがはるかに難しい。フランス革命でもロシア革命でも、旧体制の正統性がないと人々からみなされれば意外なほどあっさりと政権は倒される。が、その後は国外からの介入を招き、内部では諸勢力が乱立抗争し、10年スパンでの混乱期に突入するというのが革命後の歴史のパターンだ。
シリアでも同じく、アサドという共通の敵がいる限りで反政府勢力は結集しえても、敵がいなくなった今後は権力をめぐって諸勢力間の争いが発生し、そこにイスラエル、イラン、トルコなどの近隣諸国、アメリカ、ロシアといった大国の介入が続くこととなるだろう。
今後のシリアが直面する課題は山のようにある。列挙すれば、分裂している諸勢力をまとめあげ安定した法秩序を打ち立てる、軍と行政機関を立て直す、国外勢力の介入圧力を排除する、内戦で破壊され尽くしたインフラを再建する、外国・国内に大量発生した避難民の帰還を支援するなど。
シリアには独力でこの課題に対応する能力はない。これからはアサド政権の放逐プロセスで主要な役割を果たした武装組織・シリア解放機構(HTS)が主導権を握りつつ国家の立て直しを図っていくのだろうが、彼らは戦闘組織で行政ノウハウを持っているわけではない。国連を始めとする国際場裡で国際社会の協力を得つつ10年、20年、30年と時間をかけて新体制を築き上げていく必要があるだろう。
自由へ向かうのは近代の普遍的現象
今後のシリアについて、理論的に考えられる中で、西欧(もしくはG7諸国)にとってもシリア国民にとってももっとも「美しい」シナリオは、自由と人権を基盤とする国家が建設されることだろう。西欧型の民主政を採るのがその実現に適した手段となるだろうが、少なくとも一足飛びにそうなるとはなかなか想像しにくい。
もう一方の極に、国内で諸勢力が群雄割拠し無秩序が蔓延し、対外的には戦争が発生するという最悪のシナリオがある。フランス、ロシア、イランで起きた革命のパターンだ。極端に強圧的で独裁的だったとしてもアサド王朝のほうが治安が安定していてましだった、となる可能性も十分ありうる。
今後のシリアは、この両極の間を行き来することになるだろう。「悪しき秩序も無秩序に優る」ため、当面は「ソフトなアサド」のような存在が多少独裁的であれ秩序維持を保障しつつ、徐々に自由の方へとシフトしていく。この漸進主義的なアプローチが望みうる妥当な道筋ではないだろうか。
アサド王朝の抑圧を経験し、その体制を放逐することで自由を獲得したと認識するシリアが、単純に元の抑圧体制(アサドのコピー版)に戻ることはないだろう。抑圧から自由へと向かうのは、文化の違いを問わず近代の普遍的で不可逆的なメガトレンドだからだ。