トルコ・イスタンブール訪問(2/2)-強靭な国トルコ-
今年の夏、トルコ共和国のイスタンブールを3泊4日で訪問した。前編では滞在記録を書いたが、今回はもう少し掘り下げてトルコの内実を見ていこう。
社会・経済
マクロ経済データ
トルコの名目GDPは約1.1兆ドルで、世界18位(世界銀行、2023年)。前後には、15位スペイン、16位インドネシア、17位オランダ、19位サウジアラビア、20位スイス、21位ポーランドがいるといったところだ。日本は約4.2兆ドルなので、おおよそ日本の4分の1の経済規模だ。
2000年代のトルコ経済は右肩上がりで成長していたが、2010年代に入ってからは後退局面に入り、2020年からは盛り返すという軌跡を描いている。開発経済学でいうところの「中所得国の罠」にはまっているように見えるが、今後壁を突破することはできるのだろうか。
一人あたりのGDPは約13,000ドルで、世界69位(世界銀行、2023年)。前後に66位ロシア、67位アルゼンチン、68位カザフスタン、70位モルジブ、71位中国といった国がいる。日本は約33,800ドルなのでトルコは日本の38%ほどだ。
トルコのマクロ経済はここ20年一進一退を繰り返しつつも全体的には拡大基調にあり、特にここ数年で一気に弾みがついてきた。その流れに棹さす形で、トルコは存在感は増している。
トルコの経済プレゼンス
トルコのフラッグ・キャリアのターキッシュ・エアライン(トルコ航空)は、ヨーロッパ、アジア、アフリカの各地を結ぶ世界でも有力な航空会社だ。アフリカでもほぼすべての国で就航しており、存在感は圧倒的だ。日本-イスタンブール便は成田、羽田、関空に乗り入れており、今回のイスタンブール訪問はここを使ったが、食事やサービスも文句ない水準でコスパは抜群だと感じた。
また、トルコは地理特性上、アフリカでのプレゼンスを近年どんどん上げている。交通インフラ整備や建設関連では中国に次ぐ、もしくは国によっては中国を凌ぐほどの影響力を誇る。高速道路、幹線道路、公共施設やホテルなどその地域の象徴となる建設事業に民間企業が積極的に進出している。アラブの湾岸諸国の対アフリカ投資も活発だが、彼らは資本投下は行うもののリアルな現場での存在感は薄いのに対し、トルコは具体的に目に見える形での実績を残すため印象が強く残る。近年の中国による対アフリカ投資が伸び悩みを見せる中で、代わって出てきたのがトルコだ。
軍事産業も活発で、2020年のナゴルノカラバフ紛争ではトルコのドローンが注目された。2022年ウクライナ戦争開戦時には、トルコのバイカル社製無人攻撃機バイラクタルがウクライナ軍により使用され、一定の成果を上げたことが記憶に新しい。こうしてトルコは人々の印象に残る形で国際的プレゼンスを示している。
アフリカ・先進国との違い
トルコに入国すると、1人あたりのGDPが1,000ドル台のアフリカと比べるとあらゆる面で完全に違うレベルに達していることに気づく。それとは逆方向に、先進国とも違っていることもわかる。
まっさきに感じるのは清潔さだ。先進国水準からすればイスタンブールは決して清潔な都市とはいえないだろうが、相対的にはきれいだ。路上喫煙は当たり前で、タバコの吸い殻がそこら中に落ちていることは西アフリカと共通するが、ペットボトルやプラスチックゴミ、紙コップなどが手当たり次第に捨てられていることはない。
国内の交通インフラを見てみても、しっかりと整備されているようだった。道路は裏路地に至るまでしっかりとアスファルト舗装されており、そこかしこに穴が空いていることはない。西アフリカでは道路に穴が空いたまま放置されているということは当たり前で、雨が降るごとに劣化していく。穴を避けるためにドライバーが急ハンドルを切り事故につながることが少なくない。
一般乗用車、トラックなどの商用車も比較的良好に整備されていて、西アフリカとははっきり違うことがわかる。車体が圧倒的にきれいなのだ。(先進国基準では当たり前のことなだが、)車道と歩道は区別されており、歩道を路上駐車の車が占領していることもない。運転マナーは決してよくはなく、自動車優先なのか歩行者優先なのかわからないが、これもまた西アフリカに比べるとましだ。
イスタンブール市内の移動手段としてよく利用されるのがトラム。車体は非常にきれいで、先進国と同等の水準だ。パリの地下鉄よりははるかに清潔で安全だと感じた。
リラ安とインフレ
ここ数年の日本円は世界の主要通貨の中で独歩安の感を呈しているが、円が買っている珍しい通貨がある。それがトルコリラだ。長期にわたってリラ安は続き、物価は上がり続けている。エルドアン政権は2021年、インフレ率が30%を超えているにもかかわらず利下げを断行するという経済理論の常識を覆すような金融政策をとり、国際社会から驚かれた(失笑を買った)。そして案の定リラ安は進行した。
私は入国する前、リラは安くなっているからモノやサービスが安く買えたらいいなとなんとなく期待していたが、そんなことはなかった。経済理論どおりインフレと通貨安が進行しており、物価高が通貨安を相殺している。それどころか、同品質の物であれば日本より高く感じた。
街中を歩いていると、やたらと目に付くのが両替所だ。そこかしこにあって地元民によく利用されていた。私が換金したイスタンブール市内の両替所では、わずか20ユーロ分のリラを換金していた地元の男性がおり、「たったの20ユーロを換金手数料を払ってまで替えるのか」と怪訝に思った。しかし、私が滞在した3日間両替所でリラの対ドル・ユーロレートを確認していたが、リラ安が日に日に進行していた。それは誰だってまっさきに換金するだろうなとすぐに納得した。
かれこれ20年以上(あるいはそれ以上)続くリラ安の中で、国民に信用されない通貨が流通しているのはなぜなのだろうか。国家としては地域大国としてのプライドがあるため、ドルもしくはユーロペッグ制を採用したり、アルゼンチンのように米ドルを法定通貨にするという政治家は出てこないだろうが、国民レベルではカンボジアのようにドル経済に移行するインセンティブが働いているのではないだろうか。
人口動態
トルコの総人口は約8,600万人で、世界18位。イランやドイツと同規模で、日本の7割ほどだ。人口グラフの型としては、東南アジア型に近い。
出生率は戦後一貫して下がり続け、現在は2強とちょうど人口置き換え水準にあたるが、今後も少子化傾向は続くだろう。0-14歳までの若年人口はすでにピークアウトしており、15-64歳の生産年齢人口はあと10年ほどでピークに達すると同時に、高齢化が進行していく。総人口は2050年代半ばにピークに達する。日本に遅れること半世紀で日本を追いかけて来ているような状態だ。
人口動態的には安定期に突入したと言えるだろう。ユースバルジによる国内の混乱が生まれる時期は乗り切っており、今後、内部の人口要因で国が自壊していくことはなさそうだ。むしろ問題となるのは、減少する人口をどうするか、増え続ける高齢者をどう処遇するかという点で、ここ20年間の日本と同じ課題を経験することになる。
周囲には北にウクライナ、南にイスラエル・パレスチナ、シリアと戦争地帯や不安定国家を抱え、南の紛争地域から100万の単位で難民が国内に流入しており国内の不満を買っている。南のアラブ諸国は若年人口が増え続ける傾向にあり若さを保ち続ける中で、一足先に成熟化(老化)が進んでいくトルコは、アラブ世界からの人口圧力を受け続けることとなる。
近年の国際経済上のプレゼンスと人口動態の安定性から、今後10-20年ほどがトルコの全盛期となるだろう。その間もその後も内部からの自壊する可能性はほぼないだろうが、外からの人口圧力を受けつつ地域大国としてどのように存在感を維持し続けるかがトルコの課題になるだろう。
トルコは自己主張の激しい唐辛子
トルコは決して世界的な大国とはみなせず、マクロなデータが示すとおり実質的には中大国程度の規模だが、地域の中での存在感は大きい。南側にあるアラブ諸国ががたがたしているのとは違ってトルコはやわな国ではない。むしろ相当強靱な国だ。
ヨーロッパ、アジア、アフリカをつなぐ結節点に位置するという地理的利点を持ち、中央ユーラシアに向けて同胞民族でつながっていることから面的な広がりも持つ。NATO(北大西洋条約機構)の早期加盟国として軍事的にも一定のプレゼンス示す。世界のメインディッシュではないが、料理の中で自己の存在を示そうとする強烈な唐辛子のような存在で、地政学的に「エッジの効いた国」だ。
中世から近世にかけてヨーロッパキリスト教世界を戦慄させたオスマン帝国の末裔として歴史的な存在感も発揮する。20世紀に入ってからはイスラム世界の中でまっさきに近代化に取り組み自主改革を行ってきたリーダー的存在。地理的・歴史的な重心性を持つこの国は、脆さを抱えつつも強靭さを兼ね備えた地域大国で、今後もたくましく生き残り、重要性を発揮し続けるだろう。